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福岡高等裁判所 昭和52年(ネ)230号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右訴訟代理人

福田玄祥

右指定代理人

草野幸信

被控訴人

高田敏夫

右訴訟代理人

岩成重義

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金六四万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一〇月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求及び附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通してこれを四分し、その一は控訴人(附帯被控訴人)の、その余は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人)の本訴請求及び附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。」との判決を求め、控被訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴に基づき「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し、金二六五万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一〇月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決六枚目裏九行目に「従労」とあるのを「徒労」と改める。

1  控訴人の主張

(一)  本件過誤登記は昭和一七年五月一二日になされた登記であるが、国家賠償法附則第六項によると、同法施行(昭和二二年一〇月二七日)前の行為に基づく損害については、従前の例によることになつており、従前の例によると公権力の行使をする公務員の不法行為に基づく損害については、国に損害賠償の義務はないとされているのである。したがつて、本件過誤登記についての登記官の記入行為については、国家賠償法第一条を適用することはできない。

(二)  次に、本件過誤登記を是正する義務が登記官にあるかどうかであるが、登記官には、登記所備付の全ての登記について誤記記入がないかどうか、常時積極的に調査点検する義務は法令上も実際の運用上からも課せられてはいないのであつて、そのような一般的な注意義務は存しない。

また、本件土地について新たな登記申請がなされた昭和四六年四月八日(甲区第四番)の時点で、これを担当する登記官において本件過誤登記が申請行為を欠いた誤記抹消の対象となる登記であるかどうかを調査するについては、当時すでに昭和一七年の登記申請書は廃棄されており、これを調査確認することは不可能であつた。

さらに、本件過誤登記は、国(陸軍省)から訴外奥田に家督相続を原因として所有権移転の登記がなされているところ、陸軍省を私人が家督相続することなどもともとありえないのであるが、一方において、国から一般私人名義に所有権移転登記がなされることは多々あるのであつて、たまたま登記原因のみが錯誤によつて家督相続と誤記記入されたということもありうるのであるから、これを不動産登記法第一四九条の職権抹消の対象となる登記(同法第四九条一号、二号該当)、すなわち、登記簿を一見しただけでその登記が本来登記すべからざるものであることが明瞭なものということもできない。

したがつて、本件過誤登記を発見した登記官においてもこれを職権で抹消することができず、またこれを抹消すべき義務も存しないのである。

(三)  以上のごとく、登記官には本件過誤登記を是正する義務がなく、したがつて、国家賠償法第一条の対象になる不法行為は何ら存しない。

(四)  仮に控訴人に損害賠償の義務があるとしても、右損害発生については被控訴人自身にも過失があるから、予備的に過失相殺を主張する。

2  被控訴人の主張

(一)  控訴人は本件過誤登記が国家賠償法施行前の昭和一七年五月一二日になされたものであるから、その責任はない旨主張するが、本件不法行為は登記官が誤つた登記をなしてこれを備付けたことにあり、その行為は昭和二二年一〇月一七日の国家賠償法施行の前後にまたがつているものである。そして、同法施行前の登記官の故意、重過失による損害賠償責任は不動産登記法第一三条の規定するところであつたが、国家賠償法第一条は同法附則第六項によりこれを拡充し、引継いだものと解される。

仮に、国家賠償法の施行により不動産登記法第一三条が廃止され、別個の法律関係に立つとしても、従前国家賠償の外にあつた違法状態はそのまま継続され、国家賠償法の施行とともに、その後の行為は国家賠償の対象となつたものといわなければならないから、少くとも同法施行後の責任は免れないものである。

(二)  次に、本件過誤登記を是正する義務の有無に関しては、登記官は少くとも備付けの登記簿について、本件のごとき国から個人への相続とか、登記官の取扱印がないとか、明らかな誤記記入の存否については、これを調査点検する一般的な義務がある。このことは、登記簿に過誤がないとして信頼する国民に対する当然の義務であるし、備付ける以上当然の責務である。

(三)  さらに、控訴人は新たな登記申請がなされた昭和四六年四月八日の時点では、昭和一七年当時の登記申請書が廃棄され、調査確認は不可能であつたとか、本件過誤登記は職権抹消の対象となる登記ということはできないなど主張するが、本件過誤登記の責任は一つにこれを登載した控訴人にあるのであるから、関係書類の廃棄はその責任を免れる理由とはなしえないし、仮に、職権抹消の対象とならないにしても、控訴人には国有財産の管理責任があるのであるから、その間において抹消登記手続請求訴訟などの方法をとり、これを是正しえたはずであり、その義務があつたものである。

(四)  また、大蔵省は、本件土地が行政財産当時にあつては国有財産法第五条により、普通財産当時にあつては同法第六条により、防衛庁は、大蔵省より行政財産として所管替を受けていた当時、同法第五条により、それぞれ管理責任があり、これらの管理責任を怠つて被控訴人に損害を生ぜしめたことにより、国家賠償法第一条の責任を免れない。

(五)  控訴人の過失相殺に関する主張事実は否認する。

3  新たな証拠

(一)  控訴人

乙第七号証の一、二、第八ないし第一一号証を提出。当審証人畦津秀秋の証言を援用。

(二)  被控訴人

当審における被控訴人本人尋問の結果を援用。乙第七号証の一、二、第八号証の成立は不知、第九ないし第一一号証の成立は認める。

理由

一過誤登記の存在

〈証拠〉によれば、本件土地の登記簿の甲区欄には、その二番の「明治三二年九月一二日受付第一二六一号明治三二年八月八日付嘱託分により陸軍省のため所有権の取得を登記す」との記載に続き、その三番として「昭和一七年五月一二日受付第三一〇一号大正六年八月一九日家督相続により奥田荒吉が取得したる所有権昭和一一年六月二九日家督相続により小倉市堀越一七六番地奥田毎茂のため所有権の取得を登記す」との記載があることが認められるところ、右登記簿の記載を形式的に見るかぎりにおいては、陸軍省を奥田荒吉が家督相続し、同人を奥田毎茂が家督相続したことになるが、右のような実体関係はありえないのであるから、右甲区三番の登記(以下「本件過誤登記」という。)が何らかの過誤に基づくものであることは明白である。

二被控訴人による本件土地の買受とその後の経過

〈証拠〉によれば、被控訴人が昭和四五年九月三〇日奥田環から本件土地を代金二四三万四〇〇〇円で買受け、即日手附として七三万円を支払い、残金一七〇万四〇〇〇円を昭和四六年四月一四日所有権移転登記完了時に支払つたことが認められる。

そして、本件土地につき昭和四六年四月一四日福岡法務局北九州局受付第一〇三五七号をもつて被控訴人名義に右売買を原因とする所有権移転登記(甲区五番)がなされたこと、及び請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

三過誤登記と本件土地の買受との関連

〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は建設業(宅地造成)を営んでいるものであるが、自宅と二次製品製造工場建設のための土地の斡旋を知人の三村善茂に依頼していたところ、昭和四五年九月頃右三村から本件土地の話を持ちかけられたこと、そこで被控訴人は本件土地の登記簿謄本をとり寄せてその所有名義人を調査したところ、甲区の最終欄である三番に前記のとおり奥田環の先代奥田毎茂が相続により所有権を取得した旨の記載があつたので、本件土地は奥田環の所有にかかるものであると信じこみ、これを同人から買受けることにしたことが認められる。

もつとも、本件土地の登記簿上甲区二番には陸軍省の所有権取得登記が存在していたことは前記のとおりであり、〈証拠〉によれば字図上本件土地は官有地と明記されていたことが認められることからすれば、被控訴人において右登記簿上甲区三番の登記が過誤によるものであり、本件土地が奥田環の所有であるかについては多分に疑問を抱いていたはずであるともいえ、また、〈証拠〉によると、本件土地の地目は登記簿上公衆用道路となつていたが、被控訴人がこれを買受けるにあたり奥田環から現地を案内された当時の本件土地の現況は、雑木林で地目の表示とは全く異つていたこと、しかして被控訴人は本件土地を一坪二〇〇〇円の単価で買受けることにしながら、これを付近の高台から眺めただけで、その境界も確認せず、土地の面積の実測もしていないことが認められ、自宅等を建設するために土地を購入する者の行為としてはいかにも不自然に感じられ、他方、当審証人畦津秀秋の証言とこれにより成立の真正が認められる〈証拠〉によれば、奥田本人は勿論、本件土地の取引を斡旋した三村善茂においても、これが国有地であることに十分気づいていたふしが窺われ、また、どのような経緯があつたか明らかでないが、被控訴人と奥田環の本件売買契約と全く同一の日付で奥田環から三村梯一(右善茂の弟と思われる。)に対する本件土地の売買契約書が別個に作成されていることが認められることなどを考え合せると、果して被控訴人が本件土地を奥田環の所有と信じていたかについては疑問をさしはさむ余地がないではない。

しかしながら、被控訴人が登記簿上の甲区二番の記載については具体的な記載内容を認識するまでに至らなかつた旨を供述しているが、一般に不動産の取引をする場合には登記簿上最終の所有名義人を確認すれば足りるので、それ以前の権利移転の関係には必ずしも関心が示されないと思われることからすれば、右供述内容もあながち不自然とも思えず、また、宇図については前示被控訴人尋問の結果によれば、字図の写しを見たことはあるが、それは手書で地形と地番が書き入れられた図面で、それには官有地等の記載はなかつたというのであり、更に、境界の確認や土地の実測をしなかつたことについては、同本人尋問の結果によれば、本件土地の現況が雑木が繁茂していて中に入れない状態にあり、登記簿上の面積によつて取引をすることになつたからというのであつて、これらの弁明を一概に否定することもできない。しかのみならず、仮に被控訴人が本件土地を奥田環所有のものではなく、事実は控訴人の所有にかかるものと知つて買受けたものとすれば、将来本件土地をめぐつて控訴人との間に紛争を生ずることは容易に予測でき、特段の事情のないかぎり、控訴人を相手にしてはその紛争に敗れ、本件土地の所有権を失う結果となることが十分に考えられるのであるから、被控訴人が二四三万四〇〇〇円の代金を支払つてまでそのような危険を選んだとはにわかに考えられず、現に被控訴人は控訴人から本件訴訟に先立つて所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟(福岡地方裁判所小倉支部昭和四六年(ワ)第三一六号事件)を提起され、本件土地の所有権を否定されたのであるが、右訴訟が敗訴に確定するに及んではじめて、その売買代金と登録免許税等の登記費用のみを控訴人に損害賠償として訴求していることなどの諸点を照らし合わせれば、本件売買契約には前述したような諸疑問が窺われるけれども、なお、被控訴人が本件土地を奥田環の所有と信じて買受けたとの前記認定はこれを覆えすに至らないものというべきである。他に右認定を左右するに足る証拠もない。

四控訴人の責任

(一)  本件過誤登記がどのような経過によつて登記簿に記入されたかについては、昭和一七年当時の登記申請書類がすでに廃棄されて現存しないことが弁論の全趣旨から窺われ、直ちにこれを明らかにすることはできないが、〈証拠〉を照らし合わせると、いずれももと奥田甚九郎の所有であつた当時福岡県企救郡城野村堀越屋敷一七六番地、同村堀越タラワラ四一一番地、同村堀越長畑四二一番地の三筆の土地について、本件過誤登記とまつたく同一の日に同一の受付番号より登記事項も同一の登記が経由されており、ただその間の相違は、右三筆の土地には登記官の校合印も押捺されているのに、本件過誤登記には登記官の押印を欠いているにすぎないことが認められ、これらによれば、奥田環の先代である奥田毎茂において昭和一七年五月一二日、その先々代である奥田甚九郎所有の右三筆の土地について、大正六年八月一九日家督相続により奥田荒吉がその所有権を取得し、更に昭和一一年六月二九日家督相続により奥田毎茂がその所有権を取得した旨のいわゆる数次の相続登記を一括して申請したところ、右登記実行の際、登記官において誤つて、登記申請のない本件土地に本件過誤登記を記入したもの、あるいは、右登記申請者において相続財産でない本件土地を誤つて申請書に記載し、登記官においてこれを看過して本件誤記登記を記入したものと一応推認される。

してみると、本件過誤登記を登記簿に記入した登記官にはいずれにしても過失があることは明らかであり、しかも、登記官は最終的に記入した事項が適正かどうかを確認して校合印を押捺すべきところ、本件過誤登記にはこれがなされないまま備付けられていることも、前記のとおりである。

(二)  ところで、被控訴人は国家賠償法第一条に基づき控訴人に賠償請求をしているのである、同法は昭和二二年一〇月二七日の施行にかかるものであり、同法施行前の行為に基づく損害については、同法附則第六項においてなお従前の例によると規定しており、同法自体によつてその賠償請求をしえないことは明らかである。しかして従前の例は、同法附則第四項により削除された不動産登記法旧第一三条が、故意又は重大な過失により申請人等に損害を加えた登記官個人にその賠償責任を負わせていたが、これに対し国の賠償責任を認めた特別の規定は存在しなかつたし、また判例等においてもこのような公務員の権力作用に基づく損害については特別の規定がないかぎり、私法上の不法行為法の適用ないと解されていたから、結局、昭和一七年五月一二日本件過誤登記を記入し、当時これを登記所に備付けた登記官の行為については、控訴人にその損害賠償義務がないことになるというべきである。

(三)  もつとも、被控訴人は国家賠償法施行前の行為について控訴人の賠償責任を問いえないにしても、登記官には本件過誤登記をそのままにして同法施行後も備付けていた点に過失があると主張するが、そのためには登記官は、一旦登記記入がなされた後においても、登記所備付の全登記簿について常時これを点検調査し、その正確性を保持するよう努める注意義務があるとの前提に立つことが必要と思われるところ、登記官にそのような義務を課した法令上の根拠も実務上の運用もこれを認めることができず、その前提には疑問があるといわねばならない。実際上も限られた登記官によつて、その厖大な数にのぼる個々の登記を平素から常時点検調査してその正確性を保つことは甚だ困難と思われ、少くとも過失をもつて論ずるのは相当ではない。

そして、〈証拠〉によれば、その後本件土地に新たな登記申請がなされたのは昭和四六年四月八日であつて、奥田環のため昭和三九年一〇月一四日相続を原因として所有権取得の登記がなされていることが認められるので、右登記申請がなされた時点で、登記官に本件過誤登記を是正すべき義務があつたかを次に検討することとする。

(四) ところで、登記官が職権で登記の過誤を是正しうる場合としては、不動産登記法第六四条による登記の更正と同法第一四九条ないし第一五一条による登記の抹消とがまず考えられるが、第六四条は更正されるべき過誤登記が、登記申請人には何らの過誤もなく、もつぱら登記官の過誤によつてなされたものであることを要件としており、本件の場合は前示のように、昭和一七年当時の登記申請書がすでに廃棄されて現存しないところから、これが登記官のみの過誤に基づくものでみるか否かを確認できず、したがつて、同条による登記の更正は行ないえながつたものと判断される。

(五) 次に、第一四九条ないし第一五一条であるが、第一四九条は職権で抹消すべき登記として同法第四九条第一号又は第二号に該当する登記を掲げているところ、本件について考慮を要するのは第二号の「事件が登記すべきものに非ざるとき」に該当するか否かである。そして、第四九条はもともと登記官において登記申請自体を却下すべき場合に関するものであり、第一号から第一一号に及ぶ却下事由を規定しているのであるが、他の各号の事由と対比し、第一号及び第二号のみが職権抹消の対象とされていることから考えると、右にいう「事件が登記すべきものに非ざるとき」は、多少厳格に解釈される必要があり、登記簿を一見しただけで、その登記が本来登記すべからざるものであることが明瞭であるようなものに限定されると解されている。

そこで、このような観点から本件を見ると、本件過誤登記は、陸軍省(国)を奥田荒吉が家督相続して本件土地の所有権を取得し、これを更に奥田毎茂が家督相続により取得した旨の記載になつており、陸軍省を私人が家督相続することなどありえないものであり、しかも、このことは登記簿上一見して明白であるから、まず右第二号に該当するものと判断される。

この点についで、控訴人は国から一般私人名義に所有権移転登記がなされることはしばしばであり、あるいは「家督相続」なる登記原因のみが錯誤によつて誤記されたことも考えられるので、登記簿を一見しただけでは本件過誤登記を職権抹消の対象となる登記と即断できないとし、登記申請書も現存していないので、その間の事情を調査確認することもできなかつたと主張する。そして、登記原因が事実と相異していても所有権移転登記の効力には必ずしも影響を及ぼさないことなどを考え合わせると、一般的には控訴人の右主張は正当と思われる。

しかしながら、本件過誤登記は単なる家督相続の登記ではなく、前示したように数次の相続登記である。本来不動産登記は不動産の権利変動の過誤を明確に公示する必要から、登記原因ごとにそれぞれ一つの登記がなされることになつているところ、従来からの取扱いとして、一旦相続が開始したが、相続人が相続登記をしないうちに死亡して第二の相続が開始し、あるいは更に第三、第四の相続が開始しているとき(中間の相続に共同相続を含まない場合にかぎり)、特に権利変動の過程を不明確にすることもなく、不都合を生ずるおそれもないので、同一の不動産について、数個の登記原因である数次の相続による所有権移転を一括して、一個の登記として申請することを例外的に認められており、本件はこれに該当する。かかる取扱いは数次の相続に例外的に認められているものであるから、登記原因としては家督相続もしくは相続以外にはありえず、したがつて、陸軍省(国)と一般私人間の本件過誤登記から控訴人主張のように登記原因のみの誤記を考える余地はないというべきである。

してみると、本件過誤登記はやはり不動産登記法第四九条第二号に該当するものとして、昭和四六年四月八日の登記申請の時点において登記官は、同法第一四九条ないし第一五一条により職権抹消の手続をとるべき義務があつたといわなければならない。

(六) そこで、昭和四六年四月八日より以前についてはともかく登記官がその後も本件過誤登記を職権抹消せず、そのままに残して(更に右過誤登記を前提とする新たな相続登記も経由して)これを登記所に備付けていたことに、公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて過失があつたといわざるをえず、これに基づいて生じた損害については、国家賠償法第一条により控訴人にその賠償義務があることになる。

(七)  なお、被控訴人は同時に大蔵省ないし防衛庁にも、所管の本件土地について国有財産法第五条ないし第六条により、当然尽すべき必要な管理を怠つた責任があるとし、やはり国家賠償法第一条に基づく損害賠償を求めているが、被控訴人の主張する損害との関連において見れば、右大蔵省ないし防衛庁の担当職員が、所管の国有地について、その所有権の帰属を明確にするための登記簿の記載を平素から十分に調査せず、本件過誤登記をそのまま放置していた点に管理の懈怠があるというに帰する。

しかしながら、このような面での国有財産の管理は、一般私人の財産管理と何ら異ならず、同法第一条にいう公権力の行使には該当しないと判断されるので、過失の有無を検討するまでもなく、右主張は採用できない。

五被控訴人の損害

そこで、本件について前示登記官の過失に基づく損害を考えてみるに、被控訴人が奥田環と本件土地の売買契約を締結し、手附金七三万円を支払つたのが昭和四五年九月三〇日であつたことは前認定のとおりであるから、これが本件過誤登記に基づく損害と認められるにしても、昭和四六年四月八日より前のその時点に控訴人に国家賠償法第一条に基づく賠償義務が認められないことはすでに明らかである。

ただ、〈証拠〉を合わせると、本件売買契約において売買代金二四三万四〇〇〇円から右手附金を差引いた残金一七〇万四〇〇〇円は所有権移転登記完了時に支払うこととされており、奥田環が知人に依頼して、当時本件過誤登記により奥田毎茂所有名義であつた本件土地につき、まず奥田環名義に相続による所有権移転登記を経由することにし、昭和四六年四月八日に至つてこの登記が完了したところから、同月一四日被控訴人名義に前記売買による所有権移転登記を申請するとともに、被控訴人において奥田環に残金一七〇万四〇〇〇円を支払い、また右登記のための登録免許税二一万九〇〇〇円を支出したこと、その後、控訴人から前記のように所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟が提起され、これが被控訴人敗訴の判決確定によつて右所有権移転登記も抹消されるに至つたが、奥田環において前記売買代金等を返済する資力がなく、被控訴人は右支出金額相当の損害を蒙つていることが認められ、もし、登記官が昭和四六年四月八日の前記相続登記申請に際し、本件過誤登記につき職権抹消の手続をとつていれば、すでに売買契約は成立していたが、被控訴人への所有権移転登記が履行不能となることにより、被控訴人において少くとも残代金一七〇万四〇〇〇円を支払うことも、登録免許税二一万九〇〇〇円を支出することもなかつたと判断されるので、右合計額一九二万三〇〇〇円の損害については、前記登記官の過失と何らかの因果関係の存在を肯認しなければならない。

六過失相殺

ところで、被控訴人が本件土地の登記簿の甲区二番の記載に気づかなかつたことは前記のとおりであり、登記簿を除くと奥田環本人の述べるところ以外に同人の権原を推認させる格別の状況も資料も窺えない本件において、登記簿の記載に十分な注意を払わなかつた被控訴人の過失がまず考慮されねばならない、ただ、通常の不動産取引にあたつてはその最終名義人が主たる関心の対象になることや、国の所管事務である登記については正確になされているものと信頼するのが一般的であることに鑑みると、これをもつて重大な過失とまでみるのは相当でないというべきであるが、前記のように本件土地については登記簿上地目の表示も公衆用道路となつていたのであるから、いやしくも被控訴人が自宅もしくは自己の工場敷地としてこれを買受けようとする以上、隣接地との境界を含めて本件土地の状況をつぶさに検分すべきであつたし、もしこれを行つておれば、同土地には「陸軍省」あるいは「防衛庁」と表示された境界標識も存在していたことが、〈証拠〉によつて認められるので、これらと合せて本件土地の所有権の帰属に疑問を抱かせる契機ともなりえたものと思われるところ、被控訴人はこれを怠り、付近の高台から漫然と土地の状況を眺めたにとどまつたというのであるから、やはり被控訴人は不動産の取引にあたる者が通常払うべき注意を欠いていたとして相当の非難を受けてもやむをえないものといわなければならない。

そこで、これらの過失を損害額の算定にあたり斟酌することになるが、もともと本件売買契約の成立に影響を及ぼした本件過誤登記の存在が、その時点では控訴人に賠償義務を負担させるものでないことをも合せると、結局、控訴人に負わせるべき賠償額としては、被控訴人の前記損害額一九二万三〇〇〇円の三分の一、すなわち六四万一〇〇〇円とするのが相当である。

七結論

以上の次第で、控訴人は被控訴人に対し、右金六四万一〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五〇年一〇月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、被控訴人の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべきところ、原判決は一部結論を異にしているので、控訴人の本件控訴に基づいてこれを変更し、かつ、被控訴人の附帯控訴は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、なお仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(中池利男 権藤義臣 大城光代)

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